貧困・自殺・看取り・葬儀 目の前にある現実を受け止めて、人として何が出来るか。中下大樹の取り組みを発信していきます。

対談紹介
第一回 中下大樹×肘井哲也(トーコーグループ代表)
タイトル『いのちのフォーラム』は公園。いろいろな方に立ち寄って欲しいですね。
中下大樹が様々な分野の方々と、「いのち」「生きること」について語り合う(対談)『語りあうこと』。 その第一回は、『いのちのフォーラム』立ち上げに深く関わっている、肘井哲也氏です。肘井氏は総合ギフト会社(トーコーグループ)運営の傍ら、起業家やフリーランスをサポートする株式会社ビサイドを運営。こどもと社会をつなぐ「NPO法人キッズドア」をはじめ、家族みんなが楽しめる「おくりもの音楽会」、セラピストをサポートする「セラピスト倶楽部」等々、いろいろなプロジェクトを運営することで、よりよい社会つくりにも貢献しています。

対談風景 ●一+一が三にも四にもなる!
― お二人の出会いから聞かせていただけますか?
肘井 今回立ち上げに当たり、『いのちのフォーラム』の事務局を担当することになった弊社の社員から、中下さんが代表を務める「寺ネットサンガ」のことを聞き、参加したことから始まりました。

― 「寺ネットサンガ」とは、葬送の姿を、職種の垣根を超えて議論する集い、ですね。
肘井 葬儀社さんや石屋さん、ご住職もいて、とても不思議な場所なんですが、いい活動だなと思ったことと、そこで、はじめて中下さんと会い、いろいろな意味で賛同・共感し、「寺ネットサンガ」の会員になりました。その後はよく覚えていないのですが(笑い)、中下さんのあり方にも、共感共鳴し、中下さんと関係性を持つことで、こういうものがあったらいいな、できたらいいなという自分の思いを具現化しやすくなる。そう思って一歩踏み込もうと。

中下 「寺ネットサンガ」でお会いした以後、個人的な思いをお話しさせていただきました。そのときに、何か一緒にできればいいね、という話しになったんです。肘井さんとは、一緒にいい時間、心地よい時間を過ごせるんじゃないかと思ったことをよく覚えています。

― というと?
中下 肘井さんは、会社を運営していらっしゃるので、利益を上げるということを大事に考えられていると思いますが、同時に人として、社会のお役に立つ、人に対する眼差しや人間に対する思い、生命に対する心構えみたいなものが、私自身とどこかで重なる部分があると感じました。収益を考えつつ、社会に対して何が出来るかを考えている。
肘井さんと一緒に何かできたら、一+一が三にも四にもなって、ムーブメントになっていけるのではないかと。


●『いのちのフォーラム』発足へ
―お二人の出会いから 『いのちのフォーラム』が誕生するのですね。
中下 キーワードとなるのは、いのち。医学的には、『生命』と書きますが、ひらがなでいのちと書くと、目に見えないつながりみたいなものも含めている。

― 目に見えないつながりとは?
中下 私たちが今生きているのは、お父さんお母さんがいたからで、もっといえばおじいちゃんおばあちゃんがいたからです。そういったつながりがあって、私たちは生きているんです。『いのち』という言葉には、目に見えないつながりや先祖への感謝なども含まれます。例えば、私がいのちを終えても、関わった人や、子供がいれば子供に私の思いは引き継がれていく。それがある限りは生物的な生命は終わっても、いのちは生き続けていく。でも、現代はそのつながりが希薄になっていると感じます。

肘井 いのちをいただいたものがどのように生きていくか、その意味を考えたとき、一人ひとり、役目、ミッションがある。それぞれの立場で、それぞれの色で。そして、共生して共鳴して、共存して、つながっていくことが重要。それは、正しさのおしつけではなく、いい悪いでもない。人って時には悪いことを思ったりすることもあるけれど、それが人間です。悪いことをする人が悪い人かというと、そうではなくて、悪いことが出てきてしまうことがあるんだと思います。でも、みんなそれぞれに役割があり、可能性があり、幸せになるチャンスも、権利もある。

中下 そうですね。現代では、生きづらいと感じている方が多い。会社・学校・家庭に居場所がない。多分九割以上の方が何かしらつらい思いを抱え、何をしてもだめだとあきらめている。その生きづらさを共有できる場所作りが必要。そういったことを、この『いのちのフォーラム』の中で発信できればいいと思っています。 また、この、「語りあうこと」で、今後いろいろな方にあって、それぞれのいのちに対する思いや生き様をうかがうことで、サイトを見てくださる方に何か感じてもらえたらと思っています。お医者さんなら、どんな思いで医者になって、患者さんと接しているか。看護師さんも。葬儀業者も。児童虐待、DV、自殺等々現実に起きている様々なことに関して、活動している方も、何を考え行動しているか。


●縦軸と横軸
肘井 青臭い言い方かもしれませんが、『いのちのフォーラム』は、共存して共鳴しあえる場作り。中下さんが様々な情報を発信する。中下さんが発信する場が縦軸であるならば、活かすためには横軸が必要。横軸がこのフォーラム。もうすでに、中下さんが様々な活動をしていらっしゃるので、縦軸はしっかりできている。それをどう活かして、どうつなげていくか。手段の話しではなく、いろいろな角度で活動している方々のことをうまくリンクできたらいいと。社会起業家として頑張る人もいれば、今はブレイクダウンしている人もいるかもしれない。いろいろな人がいろいろな角度で、ご縁が作れればいいかなと思っています。大前提として、出来る人が出来ることをやればいい。それに尽きると思いますが。

― 出来る人が出来ることをというと。
肘井 例えば八十歳の方も、今までの経験や知恵を発信できる。実際に、おじいちゃん達、おばあちゃん達は、子供達に何かしてあげたいと思っている方が多い。

― その思いを伝えることが出来ない。
肘井 そうです。おじいちゃん達の思いと子供達をつなげる場がなかったり、どうすればいいかわからなかったり。世の中には素晴らしいものが沢山あります。お互いがもっているもの、できることをつなげていけたらいい。

中下 逆に言うと、今の社会でどれだけそういうことがリンクできていないかということですね。僕は子供のころ、悪いことをすると、おじいちゃんやおばあちゃんに、『おてんとう様が見ているよ」と言われた記憶があります(笑い)。でも、今は死後になっている。世代間のつながりが切れているし、先祖から受け継がれたことが出来なくなっている。日本人として、人として大事にしなくてはいけないことや、伝えていかなくてはいけないことを、その人の立場で伝えていく。それはとても大切なことだと思います。

肘井 いろいろなつながりが出来て、さらにその個々の輪がいくつもつながる。それがきっかけで、少しでも社会が明るくなり、みんながいい笑顔を見せられるといいですね。

対談風景 ●会社への思い
― 『いのち』について考えることはありますか。
肘井 死ぬことと生きることでいうと、私は自分の父が五十四歳でがんで亡くなりました。ある意味、五十四歳が人生の一括りになっています。あと八年。父は最後までガンと闘って、最後まで仕事をして、医療のためにといろいろな治療を試みて亡くなりました。りっぱだなと。余韻の残る生き方をしたな、と思います。自分も後何年かしかないと考えると、資産を手にいれよう、成果を上げようとしたところで、死んだらご破産です。物への執着はなくなりました。一番執着するのは余韻の残るものをつくっておきたいということ。父のような余韻がある生き方ができたらと考えています。

中下 今回の対談で、ぜひ肘井さんに伺いたいと思っていたことがあるのですが、それは、肘井さんは会社をいくつか経営されていますが、どのような思いで会社を作られて、どのような形で社会に貢献し、どのような形で次にバトンタッチしていこうと考えているかということです。

肘井 そうですね、二つポイントがあります。冠婚葬祭のギフトを扱っているトーコーグループについて言えば、特に、お香典返しは生と死に関わる、意義のある仕事だと思っています。贈り物は、物だけではギフトと言わなくて、人と人がある思いを託して贈ることで、はじめて贈り物というんですね。と考えると、私たちは物を扱っているのではなく、扱っているのは人と人とのふれあい。私たちの会社のビジョンは「ふれあい文化の創造」。人と人とがふれあってできる、暖かい関係を作り上げるお手伝いができたらと思っています。

中下 素晴らしいテーマですね。もう一つは。

肘井 そういうビジネスをしながら感じたのは、素晴らしい思いはみんな持っているということ。その素晴らしい思いを、より活かすためのお手伝いが出来たらと、起業家やプロフェッショナルな方をサポートするビサイドを立ち上げました。例えば、アーティストでもその分野では素晴らしいが、伝え方がわからない。伝える環境がないという方が多い。本人にその環境がなかったら、違う人がやればいい。プロのサポートです。いろいろな人を最適化できれば、と同時に、プラットフォームを作ろうと。その最適な人たちが頑張る専門性の縦軸と、専門性を活かす関係性を作るための横軸。それらをバランスよくコーディネートするのが、ビサイドの役割なのかなと思っています。「ふれあい文化の創造」と「専門性、個を活かすためのプラットフォームを作る」。二つの大きなビジョンのもとでやっています。

中下 次の世代への引継ぎは?

肘井 最終的に自分の夢は、町づくり。山を切り開いて、田んぼをつぶして(笑い)。かどうかはわかりませんが、そのための仕込みを、今、しているんだろうなと思います。もちろん自分一人の力ではできませんから、鉄道会社やデベロッパを巻き込んで。その町のビジョンは、人を育てる町。一人ひとりが主張しあう町ではなくて、お互いに何かしてあげられるよね、というポジティブな町。そんな町が作れたら、そこから何かが生まれるかもしれない。社会に一石を投じられるかも知れない。大きなテーマですから、出来上がることに執着はありません。思いを汲み取って次の世代が引き継いでくれたらと。ビジョンに忠実に、粛々と真面目にやっていれば、その思いは伝わっていくと考えています。

中下 志は受け継がれていくのですよね。私はホスピスでいろいろな方の死に立ち会って看取りをしてきました。人が亡くなるということは極限状態です。私はある方から、「痛みのわかる人になってくださいね」と託されました。私にはその方の最後の言葉を聞いた責任がある。そのときにはっきり、自分に出来ることをしていきたいと考えるようになりました。

対談風景 ●『いのちのフォーラム』は公園
肘井 昨年末の三十一日に、中下さん達が炊き出しをしていた新宿公園に行きました。私は何もしませんでしたが、生活困窮者の方を目の当たりにするのは初めての体験。いろいろなことを感じて、見方が変わってきています。今後、何をするわけではないのですが、この人たちのことを考えてみようかなと。以前は見ないように、近づかないようにしていたのに、今は見ている。興味を持って見ている。その体験が、私の中にあった一つの扉を開けてくれた。それが始まりかなという気がしています。

― 『いのちのフォーラム』を、どういった方に見て欲しいと思っていますか。
中下 僕自身は、物理的な問題があって、地方の方となかなかお目にかかれない。このサイトをコミュニケーションツールとしてつながりが出来ればと思っています。また、どういった方に見ていただきたいかというと、特にあげるとしたら、葬儀を経験された遺族の方。大切な方を亡くされた方にみていただけたらと思っています。日本では、年間百十万人の方が亡くなっています。三十年後は、年間で百七十万人が亡くなると言われています。大切な方を亡くされた方は、思いを語る場がない。このサイトがコミュニケーションツールとして使ってもらえたら嬉しいですね。

肘井 『いのちのフォーラム』は、中下さんが思ったことを発信して、共感する人がつながるための受け皿。公園の中心で、大きく叫ぶ中下さんがいて(笑う)、その声に共感して寄って来る人がいたり、立ち止まる人がいる。とどまる人がいる。そしてここから歩き始める人がいる。どのような立場の人にとっても、そういう場になればいいと思っています。